宇都宮地方裁判所栃木支部 昭和61年(モ)144号 決定 1988年10月13日
債権者
鈴木昭夫
右訴訟代理人弁護士
田中徹歩
同
佐藤秀夫
同
一木明
債務者
大塚鉄工株式会社
右代表者代表取締役
大塚泰二
右訴訟代理人弁護士
石嵜信憲
右訴訟復代理人弁護士
加茂善仁
主文
当庁昭和六一年(ヨ)第六六号出向命令効力停止仮処分申請事件について、当裁判所が昭和六一年八月九日にした仮処分決定を認可する。
訴訟費用は債務者の負担とする。
事実
債権者訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、仮処分申請の理由として、次のとおり述べた。
一 当事者
(一) 債務者は大正七年に設立された資本の額金三億円、従業員約一三〇名の鉱山用諸機械の製造販売等を目的とする株式会社である。工場は栃木工場のみであり、同工場に従業員の大半の一一〇名がいる。
債務者は昭和六〇年三月より、大阪市に本店を置き、空気圧機器・油圧機器の製造販売等を目的とする太陽鉄工株式会社(以下単に「太陽鉄工」という。)が資本参加してきて以来、同社のグループ会社の一つとして位置づけられ、同社の影響力の下にある。
(二) 債権者は昭和三三年一〇月三一日北海道生れの独身の男子であり、室蘭工業大学化学工学科を卒業した年の昭和五六年四月、債務者会社に入社した。
債権者は三ケ月の試用期間中各セクションでの研修を受け、昭和五六年七月一日付で栃木工場設計部実験課勤務を命じられ、受注機設計のための模擬試験及びデーターの収集・分析の業務に従事してきた。その後、昭和五八年六月一日付で栃木工場技術部設計第二課設計第三グループ勤務を命じられ、設計業務等の業務に従事してきたが、昭和六〇年八月八日付で栃木工場生産管理課購買係勤務を命じられ、資材の購入の業務に従事してきた。
二 本件出向命令
(一) 債権者は債務者より、昭和六一年七月二四日、同日付をもって生産管理課購買係を免じ、太陽鉄工株式会社大塚鉄工機械事業部北陸営業所(以下単に「北陸営業所」ともいう。)への出向を命ずる旨の意思表示を受けた。
(二) なお付言すると、債務者が太陽鉄工グループに入ったことにより、従来東京、盛岡、栃木にあった営業所、富山にあった出張所は太陽鉄工株式会社大塚鉄工機械事業部東京営業所などと太陽鉄工の組織の一つとなり、そこでの従業員は太陽鉄工の指揮監督の下で同社より賃金の支給を受けて、主として債務者が生産する商品の販売を担当することとなった。太陽鉄工は昭和六一年六月に大阪に大塚鉄工機械事業部大阪営業所を開設しているが、今回債権者が出向命令を受けた北陸営業所(金沢)には従来大塚鉄工機械事業部北陸営業所はなく、今回新たに債権者が赴いて開設する予定の営業所である。
(三) 債権者は右開設予定の北陸営業所への出向を命ぜられたのであるが、その際、「八月四日より一〇月二〇日までは(太陽鉄工株式会社大塚鉄工事業部)東京営業所での研修を行うものとする」とされている。
三 本件出向命令に至る経過
(一) 債権者は昭和六一年七月一一日(以下特に表示しない限り昭和六一年七月中のことである)、島田邦夫工場長及び浮野信三労務課長より、初めて北陸営業所への出向の内示を受けた。
同人らが示した出向理由は(1)債務者会社にとっても営業力の強化が急務である(2)技術力を持った営業マンが求められている (3)債権者が適任であるというものであった。
債権者は「突然の話であり、営業勤務のことは考えたこともないし技術者としてチャレンジしたい」旨を伝えて即答を避けた。
(二) 一七日、債権者は再び前記両名より呼び出しを受け、念を押されたが、(1)技術者として生きていきたい、そのために債務者に入社した (2)北陸営業所に出向して新事業部を開設するのは営業経験のない自分には不適格であるなどと述べ、出向の辞退を申し入れた。
両名は営業力の強化が急務であることを強調しつつ、「会社というのは、君の希望通りにはいかない。これは会社の方針に沿った業務命令である。」「会社が決めた事には従ってもらう。二五日から購買には君の席がなくなる。工場ではもう君を必要としていない。」などと強い態度で述べた。
(三) 二二日、債権者は三度目の呼び出しを受けたが、今回は前記二名のほか、太陽鉄工の横山人事課長、東京営業所の武市課長が同席した。
主に横山課長が応対したが、説明の内容には従来と特に変わったところはなかった。債権者は北陸営業所を開設する理由、営業経験のない者を新設営業所の責任者にするという異例の人事について尋ねたが、具体的な説明はなかった。
さらに債権者は今回の人事について、別な理由があるのではないかとも尋ねたが、特に説明もなかった。
この際、浮野労務課長より出向に応じられないのなら、その理由書を二四日までに提出せよと命じられた。
(四) 二四日、債権者は右浮野より理由書の提出を求められたが、理由はこれまでに口頭で述べたとおりである旨を述べると、同課長は前期二(一)のとおりの辞令を読み上げた。
その上で同課長は、二五日は「会社に出なくともよい」「東京での住まいはホテルを取ってある」「今度工場に入る時は私の許可を受けなければ認めない」と述べた。
債権者は、机の上に置かれた辞令をそこに残したまま退去した。
(五) 二五日、債権者が労働組合とこの件で協議をするため工場地内の組合事務所にいくと、浮野課長より「工場内へ入ることは許さない。すぐ出ていけ。不法侵入として勧告するぞ」と洞喝された。
二八日、債権者が工場に行ったところ、タイムカードは既になく、浮野課長から「君は会社をなめているのか。工場内にいることは許さん、出ていけ。働きたいのなら東京に出勤しろ」と言われ、話し合いをするいとまもなく退去した。
四 本件出向命令の効力
(一) 労働基準法第三条違反
1 同法第三条は使用者に対し、労働者の「信条」などを理由として労働条件について差別的取扱いをしてはならない旨を定めている。この規定は憲法第一三条の人間の尊厳性を根拠にして憲法第一四条第一項の法の下の平等を労使関係の場に具体化したものであり、強行規定である。したがって使用者は経営秩序を阻害する現実かつ具体的危険が認められるような特別の場合を除き、その思想信条の自由を侵してはならず、思想信条を理由として差別的取扱いをすることは民事上も違法であり、かつ法律上の効力も否定されているところである。
また「信条」の中には政治的思想が含まれることは当然であり、「労働条件」に配転や出向などが含まれることもまた明らかである。
本件出向命令は、債務者が債権者を日本共産党員又は同党を支持する者と決めつけて行ったものであるから労基法第三条違反により無効である。すなわち、
(1) 債務者会社にはその従業員で組織する大塚鉄工労働組合(上部団体なし)があるが、債権者は昭和五九年五月から同六〇年五月まで栃木支部委員、同六〇年五月から同六一年五月まで技術部門の職場委員として労働者の生活と権利を守る活動を行い、会社とは独立した自主的民主的労働組合を作るため活動してきた。このような目的をもって中心的に活動してきた者に申請外宇賀神秀昭(この五月まで副委員長)、同加藤孝(同じく書記長)、同白石幹男(同じく執行委員)ら十数名の者がいる。
(2) 債権者は、太陽鉄工グループに入った昭和六〇年三月ころから職場が労働組合指導型であるとして従業員の教育訓練を重視するとともに、労働組合対策として労働組合が前記活動家グループ(これを<ト>などと称し、日本共産党員又はその支持者と決めつけた)によって完全に支配されているとの観点から、これらのグループ員と認めた者の排除を系統的に追究するようになった。
(3) その上でこれらのグループの存在が経営を阻害し、生産性向上も出来ずに赤字を生み出す要因となっているとして、<ト>を排除するため、会社側と判断される組合役員対策、執行部からの排除、グループ員と認めた者や疑いのある者を会社の重要ポストからはずすなどの方針を取り、この五月に行われた労働組合の役員選挙の際には職制を通して投票の強制や活動家とはつき合うなとの工作が行われた。その結果前記宇賀神、加藤、白石などは再任されず、債権者も職場委員に再任されなかった。職場委員は職制のリーダークラスが占めるようになった。
(4) また、債権者について言えば、この五月に会社の後輩の結婚式の司会を頼まれていたが、その仲人の島田工場長が「債権者が司会をするのであれば媒妁人を引き受けられない。彼は会社に不利益を与える人物である。つきあうな」と同人に言ってきたため、これを聞いた債権者は司会役を辞退するという事件があった。この結婚式に関して言えば、会社がグループの一員とみなしている者が招待されたが、やはり同工場長より「この者を出席させるのであれば会社の職制クラスが欠席する」と招待を辞するよう仕向ける事件もあった。
(5) さらに、債権者が組合の新執行部より七月二一日に聞いたところによると、今回の出向についても、債務者は組合の新執行部に対し、「出向候補者は宇賀神、工藤、栗山、鈴木、川崎、白石、加藤」などがいたと説明しているが、これらの者は債務者が日本共産党員又はその支持者とみなしている者である。
2 以上のとおりであるから、後に述べるとおり業務上の必要性や人選の合理性がないことからしても本件出向命令は、債務者が債権者を日本共産党員又はその支持者として前記(3)のとおりの基本方針にそって強行した違法無効なものである。
(二) 債権者の同意がない。
1 出向は、労働契約上の当事者である使用者以外の指揮命令下で労働力の提供を命ずるものであるから、労働者の同意がなければこれを強制することは許されないものと言うべきである。
本件の出向命令も、太陽鉄工の指揮命令の下で同社より賃金の支給を受けて労働力の提供を行うことを内容とするものであるから、債権者の同意がなければ無効である。
2 仮に、個別的同意がなくとも、あらかじめ事前に包括的な同意をするか、又はこれと同視できる特別の事情があるときは、出向を命じうるとした場合であっても、本件出向命令は無効である。
すなわち、債権者はあらかじめ入社時やその後においても出向に同意したことは全くない。問題となるのは債務者と前記労働組合との間で締結した労働協約第八条(「会社は、業務の都合により組合員に派遣、職場変更、職種の変換又は社外駐在勤務を命ずることがある」)及び就業規則第二九条(「会社は業務の都合により従業員を配置異動(応援、職場転換)並びに駐在、出向、移籍を命ずることがある」)の各規定である。
しかし、これらの規定は一般的抽象的にそのような異動を命ずることがあることを明示したにとどまり、それ以上に規定の内容が明確かつ直接的なものとはなっていないのであるから、これらの規定をもって同意と同視できる特別の事情があるとは到底言い得ないものである。
なお、つけ加えれば労働協約の方が就業規則に比べてより上位の効力があるとされているが、この点から言えば労働協約には「社外駐在勤務」の語句はあっても出向(この言葉は定着化しかつ一般化している)の語句はないのであるから、組合員の出向については敢えて債務者としては行わないことを明示したものと言うべきであり、そうとすれば就業規則にある「出向」は、その限度で労働協約に反し効力を有しないものと言うべきである。なおさら、本件の出向命令は債権者の個別同意がなければ無効ということになる。
(三) 権利の濫用
債務者の債権者に対する本件出向命令は、次の理由により信義に反し、人事権の適正な行使を怠り濫用にわたるものであるから無効である。
(1) 債務者は本件出向について、債務者の営業力の強化をあげその必要性を主張しているようである。
営業力の強化という場合、商品の市場調査を行い、需要の動向を把握した上で営業目的達成に必要な拠点を設定し、戦略に見合う人的物的設備を配置することが緊要である。
しかしながら、債権者は本件の北陸営業所の場合、新規開設という重要な問題であるにもかかわらず、どのような調査がいつごろ行われ、その結果がどのようなものであるのかなどの報告を一切受けていない。北陸営業所の開設の話すら知らなかったのである。営業力の強化というだけで中味について全く知らされていないとすれば、手続上問題であるばかりか、その必要性についても疑問があると言わねばならない。
(2) また、人選についても全く合理性がない。債務者は債権者が選ばれたことについて、技術力を持った営業マンが求められているからと言うのみで全くその説明がない。
技術力を持った人と言えば他に多数いるし、これまでの例から言っても新規に営業所を開設するにあたり、会社歴五年で営業経験のない技術職が責任者となった事例は全くないばかりか、大塚鉄工事業部に属する営業所(出張所)の従業員は、大学文系その他や現地採用組であり、債権者のようにいったん栃木工場の技術職として入社し、技術関係部門で稼動した後二〇代で出向又は配転の形で営業所へ行った者はない。
むしろ、今回のように会社が営業所を強化する必要性を認め、充分な市場調査などを行ったうえで出向を命ずるのであれば、経験も豊富で先駆者となるにふさわしい者を選定すべきである。
(3) 債権者が出向を拒否したのは、その背景に不当なものを感じたばかりでなく、大学で粉体講座第二研究室に属し、触媒に関する研究を行ってきたので、これを生かせる道として債務者会社を選んで入社し、入社後も技術的仕事に従事してきたことから、北陸営業所開設の重任を担うには余りにも不安であり、むしろこれまでの経歴を生かし技術マンとしてチャレンジしたいとの意向が強くあったからである。これは正当な拒否理由と言うべきである。
(4) 債務者は七月一一日に債権者に本件出向を明らかにするまで一切その意向を聴取したことはなく、突然呼び出して内示し、その後も会社の決めたことだからとして再考することを拒否し、また(1)(2)で述べた必要性や合理性についての具体的説明がなかった。
さらに辞令を出した七月二四日以降は一方的に栃木工場への出入りを禁止するなど、その強行態度にはあきれるばかりである。このような重大問題を解決していくための手続きとしては余りにも一方的である。
(5) 最後に前記(一)で述べた会社側の方針とこれを具体化した行動よりすれば、本件は出向の外形を取って債権者を職場から排除する目的で行われた違法不当な動機に発したものである。
五 保全の必要性
債権者は七月二四日以降栃木工場への出入りを禁じられ、八月四日からの東京営業所での研修を受けざるを得ない立場にある。拒否をすれば懲戒解雇にも発展する可能性が強い。早期に救済を求める必要性は十分あるものといわねばならない。
六 結論
よって、宇都宮地方裁判所栃木支部が昭和六一年八月九日にした「債務者が債権者に対し、昭和六一年七月二四日付でなした債権者を太陽鉄工株式会社大塚鉄工機械事業部北陸営業所勤務を命ずる旨の意思表示の効力を仮に停止する。」との仮処分決定(昭和六一年(ヨ)第六六号仮処分申請事件)を認可するとの裁判を求める。
債務者訴訟代理人は、「当庁昭和六一年(ヨ)第六六号出向命令効力停止仮処分申請事件について、当裁判所が昭和六一年八月九日にした仮処分決定を取消す。債権者の申請を却下する。訴訟費用は債権者の負担とする。」との判決を求め、答弁及び主張として、次のとおり述べた。
(債務者の答弁)
申請の理由一の(一)、(二)は認める。
同二の(一)、(二)、(三)は認める。ただし、債務者は、以前富山に北陸出張所を設け、そこに社員を駐在させ機械部品の販売・メンテナンス等のサービス業に従事させていたが、昭和六一年四月、北陸地区の中心である金沢に営業の拠点を移転すべく組織の改訂を行ない、既に太陽鉄工が有している営業所に間借りする形で、大塚鉄工機械事業部北陸営業所を移転する予定にしたのである。また、(三)に「研修」とあるのは「販売実習」である。
同三の(一)は認める。
同三の(二)は否認する。もっとも、債権者が出向の辞退を申し入れたことは認める。
同三の(三)は否認する。もっとも、二二日、前記二名と太陽鉄工の横山人事課長と事業部販売企画課の武市課長が同席して債権者と話し合ったこと、その際、主に横山人事課長が対応したこと、浮野労務課長が出向に応じられないのなら、その理由書を二四日までに提出するよう求めたことは認める。
同三の(四)は認める。ただし、浮野課長の発言内容は争う。
同三の(五)は否認する。
同四の(一)、(二)、(三)は争う。
同五は争う。
(債務者の主張)
一 会社の出向命令権の保有について
1 債務者(以下会社という)就業規則第二九条には、「会社は業務の都合により従業員を配置異動(応援、職場転換)並びに駐在、出向、移籍を命ずることがある」と規定されている。会社が右規定により従業員に対し、出向命令権を保有することについては、判例は異論なく肯定している。
2 債権者が適用を受ける労働協約第八条には、「会社は業務の都合により組合員に派遣、職場変更、職種の変換又は社外駐在勤務を命ずることがある」と規定している。
右規定の「社外駐在勤務」「派遣」の語句は、他社の指揮監督の下で業務に従事することを明らかにする文言である。従って、会社は右規定によっても、組合員に対し出向命令権を保有する。
債権者は、労働協約に「出向」の語句がないことを理由に、会社の出向命令権を拒否しているが、就業規則第二九条と労働協約第八条を比較すれば明らかな如く、就業規則の「出向」の語句が労働協約上、「派遣」ないし「社外駐在勤務」の語句で表現されているだけで、両規定とも他社の指揮監督の下で業務に従事することがあることを明示していることは、争う余地のないものである。
3 また、太陽鉄工株式会社大塚鉄工機械事業部は、後述するように会社合理化のため、同事業部を新設してもらい、会社の従来の販売部門をそのまま移管したものであり、事実上、会社の営業部門である。従って、本件は形式的には出向の形になっているが、事実上は社内異動にすぎないとも言えるのである。
二 本件出向命令の業務上の必要性について
1 公共投資の抑制に加え、民間設備投資の長期低迷に伴う事業量の減少は熾烈な受注競争を高め、採算性の低下をもたらすという厳しい環境の中で、会社は昭和五九年度(昭和五九年四月一日~同六〇年三月三一日)決算において、四億七千万円余の経常赤字を計上し、且つ累積赤字は六億四千万円余に達して、事実上の倒産状況となった。
2 そのような状況の中で、太陽鉄工が資本参加し、その支援のもと昭和六〇年度(昭和六〇年四月一日 同六一年三月三一日)において、会社は再建のため、会社一丸となって徹底的な体質の改善によるコストダウン、更に、合理化、省力化のための整備投資を実施した。
3 その具体策の一つが、会社の販売部門の太陽鉄工への移管である。これは、太陽鉄工に大塚鉄工機械事業部を設け、会社の販売部を従来のまま移管し、そこで会社の商品を従来どおり販売してもらい、且つ従業員を同社に出向させ、賃金支払いを負担してもらう等により営業費、労務費等の経費削減を図るというものである。
従って、太陽鉄工の大塚鉄工機械事業部の販売を強化することは、即会社の販売部門を強化することになるのである。
4 昭和六〇年一〇月、大塚鉄工機械事業部は運営計画の基本事項として、昭和六〇年度業績を上げ、年度計画必達を前提に黒字体質に転換するとして、その具体的実行策として、
(Ⅰ) 内製化の促進と付加価値の向上
(Ⅱ) 人材の開発と育成
(Ⅲ) 品質向上と販売バック・アップ体制の確立
(Ⅳ) チャレンジ精神の横溢と職場風土の確立
を掲げ、その推進展開事項として、
(ア) 黒字体質の充実維持
(イ) 新製品開発の積極展開
(ウ) 販売規模の拡大――攻めの営業
従来商品のシェア・アップ(一〇%)将来市場、新市場への進出
(エ) 海外市場獲得の積極施策
(オ) ユーザー・ニーズの対応と先取
(カ) 人材の育成――フレッシュな血液の導入
(キ) 技術力の強化
(ク) 総合管理力のレベル・アップ
――OA機器の活用を決定した。
そして、販売戦略として、
(ア) 拠点――毎年、新設及び既存拠点の充実を行なう。
六〇年度東京、東北、海外(輸出)の充実
六一年度大阪、信越の新設
六二年度九州の新設、北陸の充実
(イ) 販路――直販体制の見直しと代理店活用
の計画を決定した。
5 大塚鉄工機械事業部は右販売戦略に基づいて、昭和六〇年度は商品別組織を地域拠点別組織に改変するとともに東京、東北営業所の各人員を増員してその充実を図った。そして、昭和六一年四月一一日、大阪営業所を新設し、会社より太陽鉄工に出向し、大塚鉄工機械事業部東北営業所に勤務していた長門三千雄所長と同事業部東京営業一課の桜井敦史の二名を大阪営業所に転勤させた。
6 従来の会社の北陸出張所は、昭和六一年四月一一日には大塚鉄工機械事業部の北陸営業所に改変されていたが、状況は従来のままであった。
すなわち、北陸営業所には当時定年退職者で嘱託者である叶内昌年がひとりで現顧客先への部品交換販売等を主として行ない、買換勧誘販売、新規顧客開拓等は、東京営業二課所属の嘱託者である石井新吉が出張することにより行なっていた。
従って、現体制では現地顧客の特性やニーズの収集及び分析を行なう従業員がいないため顧客離れが目立ち始め出した。そこで、大塚鉄工機械事業部は当初の昭和六二年度、北陸営業所の充実計画の予定を次の理由で早めることにした。すなわち、顧客離れを止める必要と、石井新吉が昭和六二年一月には退職したい旨の希望を述べていること、更に叶内昌年の契約期間が同年四月までである等の理由によるものである。そして、その一環として販売員を一名増強するとともに拠点を富山より金沢に移すことにしたのである。このことにより、新任の販売員も少なくとも石井新吉の退職までに同人の業務を十分引継ぐことができるメリットも生じるのである。金沢に北陸営業所を移設し、且つそこに販売員を増強する業務上の必要性が存することは明らかである。
三 本件出向命令の人選基準と債権者選択の正当性について
1 大塚鉄工機械事業部が販売する製品は、砕石工場の大型機械並びに産業機械等であり、カタログ販売できるような商品ではなく、且つ機械部品の単体販売から周辺装置を含めたシステム商品の販売に移行しつつあり、そのためにも技術分析的助言を持った技術系の販売員が必要となっている。従って、今回北陸営業所の販売員については、技術の経験を有する者を選出することにした。また、人材育成の面から三〇才未満の若手従業員を選出することにした。
2 更に、販売員であることから価格折衝力、対人折衝力を有する者を優先するとともに、この出向により工場の業務に影響の少ない部署から選出することにした。また、出向による従業員の不利益を最少限度に押えるため、独身で単身住居者を優先することにしたのである。
3 その基準を整理すると、
(Ⅰ) 技術系大卒で勤続4~7年の者
(Ⅱ) 価格折衝力、対人折衝力を有する者
(Ⅲ) 営業と技術の橋渡しができ、工場実態の理解できる者
(Ⅳ) 独身者で単身居住している者
(Ⅴ) ライン業務に従事しておらず、生産、技術力の増減に直接的に関与していない者
(Ⅵ) 将来責任者として成長できる資質を有する者というものである。
4 債権者は、現在二七才で且つ室蘭工業大学化学工学科卒業後、昭和五六年四月に会社に入社し、その後栃木工場設計部実験課、同設計第二課(第三グループ)を計四年勤務し、出向命令時は生産管理課購買係であった。すなわち、技術系大卒で且つ勤続五年の経験を有し、且つ入社後約四年間技術系の業務に従事しており、営業と技術の橋渡しができ、工場の実態を理解している人材である(基準Ⅰ・Ⅲ・Ⅵ該当)。また、債権者は現在、生産管理課購買係であることからライン業務に従事しておらず、生産、技術力の増減に直接的に関与していないし(基準Ⅴ該当)、また、独身者で会社の寮に単身居住している(基準Ⅳ該当)。更に債権者は、昭和六〇年八月から生産管理課購買係の業務に従事することにより、商品の価格認識を深めるとともに対人折衝の多くの機会を得ている(基準Ⅱ該当)。
以上の如く、債権者は今回の会社の人選基準を十分満たしており、北陸営業所の販売員として適性を有する者である。従って、今回の会社の人選手続には合理性がある。
四 本件出向命令に対する債権者の拒否理由について
1 債権者の本件出向命令拒否理由が現在生産管理課購買係であるが、再度技術的仕事をしたいので、販売員に転出したくないとの債権者の心情問題であることは明らかである。
しかし、本件出向命令には前述の如く、業務上の必要性・人選の合理性の要件が備わっている以上、会社は業務上の必要性を犠牲にしてまで債権者の心情を実現しなければならない信義上の義務はない。
2 債権者の出向命令拒否理由は、まさに債権者が自認した如く個人的「わがまま」である。このような個人的「わがまま」が出向命令拒否の正当な理由になり得ないことは明白である。
3 大塚鉄工労働組合の体制は、執行委員長(一名)、副執行委員長(若干名)、書記長(一名)、執行委員(若干名)というものであるが、債権者は入社以来一度も以上の職についたことはなく、また特に目立った組合活動を行なったこともなかった。
会社が債権者の栃木工場内における自主的民主的労働組合を作る活動を嫌悪し、その結果、本件出向命令が債権者を栃木工場から排除する目的で実施されたものである旨の債権者の主張は当らない。
証拠関係は、本件記録中の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 債務者は大正七年に設立された資本金三億円、従業員約一三〇名の鉱山用諸機械の製造販売等を目的とする株式会社であること、工場は栃木工場のみであり、同工場に従業員の大半の約一二〇名がいること、債権者は昭和三三年一〇月三一日生れの独身の男性で室蘭工業大学化学工学科を卒業した年の昭和五六年四月に債務者会社に入社したものであること、債権者は三ケ月の試用期間中に各セクションでの研修を受けた後、昭和五六年七月一日付で栃木工場設計部実験課勤務を命ぜられ、昭和五八年六月一日付で栃木工場技術部設計第二課設計第三グループ勤務を命ぜられ、設計業務等に従事してきたが、昭和六〇年八月八日付で栃木工場生産管理課購買係勤務を命ぜられ、資材購入の業務に従事してきたこと、債権者は、昭和六一年七月二四日債務者より、同日付をもって栃木工場生産管理課購買係を免じ、太陽鉄工株式会社大塚鉄工機械事業部北陸営業所への出向を命ずる旨の意思表示を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右出向命令の効力について検討する。
1 (証拠略)によれば、債務者会社は昭和五九年度(昭和五九年四月一日から昭和六〇年三月三一日まで)決算において四億七〇〇〇万円余の経常赤字を計上し、且つ累積赤字も六億四〇〇〇万円余に達したこと、このような状況のもとで、昭和六〇年三月太陽鉄工株式会社(大阪市に本店を置き、空気圧機器・油圧機器の製造販売等を目的とする株式会社)が債務者会社に資本参加し、以来、債務者会社は太陽鉄工グループの一つとして位置づけられ、同社の影響力の下にあること、そして債務者会社の販売部門である東京、盛岡、栃木にあった営業所、富山にあった出張所は太陽鉄工株式会社大塚鉄工機械事業部東京営業所などとして太陽鉄工へそのまま移管され、右営業所等の従業員は太陽鉄工への出向の形になったこと、
2 (証拠略)によれば、債務者会社にはその従業員で組織する大塚鉄工労働組合があるが、債権者は入社すると同時に組合に加入し、昭和五八年には代議員、昭和五九年には支部委員、昭和六〇年には職場委員として組合活動をしたこと、とくに昭和六〇年には教宣部の副部長として、ビラ配り、機関紙「スクラム」の発行などの組合活動に従事したこと、
3 (証拠略)によれば、太陽鉄工の資本参加後、会社側の提唱する労使協調路線を受入れるか、あくまでこれに抵抗する姿勢をとるかで、組合内の意見が分かれるようになり、組合執行部内においても対立を生ずるようになったこと、とくに昭和六〇年一二月の年末一時金闘争においてその対立がきわだち、委員長外山辰夫らが会社案で妥結する姿勢をとったのに対し、宇賀神秀昭(副委員長)、加藤孝(書記長)、白石幹男(中央執行委員)及び債権者の四名は要求の実現をめざしあくまで会社側と闘う姿勢をとったこと、昭和六一年五月の組合役員選挙では、代議員選出大会(全員候補者制、全員投票による)において、債権者は予期に反して代議員にも選出されなかったこと、右代議員選出大会では、会社側と闘う姿勢をとった前記の宇賀神秀昭(副委員長)、加藤孝(書記長)、白石幹男(中央執行委員)もすべて代議員にも選出されず、したがって組合役員の地位も失ったこと、
4 証人加藤孝の証言、債権者本人尋問の結果によれば、債務者会社は、太陽鉄工グループに入って太陽鉄工の強い影響力の下に位置するようになって以来、労働組合対策として、大塚鉄工労働組合が日本共産党員ないしはその支持者である活動家グループによって支配されているとの観点から、そのような活動家グループに属すると認められる従業員を排除する方針をとってきたこと、昭和六一年六月に行われた債権者の出身大学の後輩にあたる債務者会社の従業員の結婚式に際し、債権者が結婚式の司会をする予定であったところ、媒酌人の島田邦夫工場長から「債権者が司会をするのであれば媒酌人を引受けられない。」などといわれ、活動家グループに属するとみなされた債権者は結婚式の司会及び出席を辞退するのやむなきに至ったこと、同じく活動家グループに属するとみられた白石幹男(中央執行委員)も招待状を受けながら右結婚式への出席を辞退することを余儀なくさせられたこと、昭和六一年五月の組合役員の選挙において、債権者をはじめ、宇賀神秀昭(副委員長)、加藤孝(書記長)、白石幹男(中央執行委員)が代議員にも選出されなかったのは、会社側がこれらの者を特定の活動家グループと認め、事前に名前をあげてこれらの者には投票しないように職制を通じて広く従業員に働きかけた結果であること、
5 債権者が出向を命ぜられた太陽鉄工株式会社大塚鉄工機械事業部北陸営業所というのは、従来富山市にあった債務者会社の北陸出張所(定年退職者で嘱託になっている者一名が常駐するだけのもの)が組織替えにより太陽鉄工株式会社大塚鉄工機械事業部北陸営業所となっていたところ、富山市のものを廃し、今回これを金沢市に移転する計画をたてたというものであり、当面は金沢市にある太陽鉄工株式会社北陸営業所に間借りをする予定にしており、従業員は、債権者が赴任すれば債権者一名というものであること、以上の各事実が疎明される。
三 右に疎明された各事実を総合して考察すると、債権者に対する本件出向命令は、債務者会社の労働組合対策の一環として、特定の政治的信条をもった活動家グループに属するとみなされた債権者を会社の主要事業所から排除することを意図して取られた措置であるとみるのが相当である。
そうすると、本件出向命令は労働基準法三条に照らし無効といわなければならない。
しかして、前記疎明の各事実に照らすと、債権者について保全の必要性があることも明らかというべきである。
四 よって、当裁判所が昭和六一年八月九日にした「債務者が債権者に対し、昭和六一年七月二四日付でなした債権者を太陽鉄工株式会社大塚鉄工機械事業部北陸営業所勤務を命ずる旨の意思表示の効力を仮に停止する。」との仮処分決定(昭和六一年(ヨ)第六六号仮処分申請事件)を認可することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 杉山伸顕)